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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)6565号 判決 1975年3月25日

原告(反訴被告)

有限会社日新企業

右代表者

丸山節子

右訴訟代理人

森岡秀雄

被告(反訴原告)

渡辺冨貴子

被告

石川直

右両名訴訟代理人

松村弥四郎

主文

原告(反訴被告)の請求を棄却する。

原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)渡辺冨貴子に対し、金一一万四〇〇〇円及びこれに対する昭和四九年二月七日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、本訴、反訴とも、原告(反訴被告)の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、本訴関係

1  請求の趣旨

(一) 被告(反訴原告)渡辺冨貴子(以下被告渡辺という。)及び被告石川直は、各自原告(反訴被告、以下原告という。)に対し、金七〇万円及びこれに対する昭和四八年九月一一日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は、被告らの負担とする。

(三) 仮執行の宣言

2  請求の趣旨に対する答弁

主文第一項と同旨及び「訴訟費用は、原告の負担とする。」

二、反訴関係

1  請求の趣旨

主文第二項と同旨及び「訴訟費用は、原告の負担とする。」

2  請求の趣旨に対する答弁

(一) 被告渡辺の反訴請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は、被告渡辺の負担とする。

第二  当事者の主張

一、本訴関係

1  請求原因

(一) 原告は、「クラブ節」の名称でバーを経営していた有限会社であり、昭和四七年四月一日に被告渡辺を右バーのホステスとして雇傭したものであるが、その際、被告渡辺は、原告に対し、被告渡辺の指名客が飲食その他の遊興により原告に対して負担すべき代金債務につき連帯して保証するとともに、飲食後九〇日以内または被告渡辺が退店したときは退店の日より三日以内に、これを支払うことを約束した(以下この連帯保証契約を本件連帯保証契約という。)。

そして、被告渡辺は、昭和四八年六月二九日に右バーを退店した。

(二) 被告石川直は、右契約の日に原告に対し、被告渡辺が本件連帯保証契約に基づき原告に対して負担すべき債務につき連帯して保証することを約束した。

(三) 原告は、別紙債権目録記載の日に、同目録記載の客に対し、同目録記載の金額(合計金七〇万〇三七〇円)の飲食代金債権を取得したが、これらの客は、いずれも被告渡辺の指名客である。

(四) よつて、原告は、被告らに対し、各自右金七〇万〇三七〇円のうち金七〇万円及びこれに対する約定の履行期限の経過後である昭和四八年九月一一日から支払いずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うよう請求する。

2  請求原因に対する答弁

請求原因(一)・(二)記載の事実は認めるが、同(三)記載の事実は争う。

3  抗弁

本件連帯保証契約は、原告が、被告渡辺に対して有する優越的な地位を利用して、本来原告の負担すべき危険を回避し、労することなく客の飲食代金の回収を図ることを目的として締結したものであり、しかも、右契約に基づく被告渡辺の債務は極めて広汎、過大なものとなる可能性があつて、単なる客の接待係にすぎない同被告に対して不当な不利益を強いるものであるから、公序良俗に反するものというべきであつて無効である。仮にそうでないとしても、被告渡辺は、昭和四七年四月一日から同四八年六月二九日までの間、当初の契約期間である一年を越えて「クラブ節」に勤務し、入店の際に受領した契約金を返還し、さらに客の飲食代金のうち同被告がいまだ集金していない合計金六五万九三〇〇円をも支払うなどの負担をしているうえ、同被告は、原告に無断で退店したものではなく、原告が計画的に倒産を企てたため、やむをえず解雇されたのと同様の形で退店せざるをえなかつたものである。したがつて、このような場合にまで原告が被告渡辺に対して本件連帯保証契約上の債務の履行を求めることは、公序良俗に反するものであつて許されない。

そして、被告渡辺が原告に対し連帯保証債務を負担しない以上、被告石川直も原告に対し連帯保証債務を負担するものではないから、原告の同被告に対する請求も理由がないというべきである。

4  抗弁に対する答弁

被告渡辺の「クラブ節」の入・退店の日が被告らの主張するとおりであることは認めるが、その余の事実は争う。

特定のホステスの指名客は、店の客というよりは、そのホステスの客として来店するものである。そして、店の経営者は、指名客の飲食代金によつて利益を取得し、他方、ホステスは、店の設備を利用して指名客に対する売上金から歩合を得るものであるから、ホステスは単なる客の接待係というべきものではない。したがつて、ホステスも当然指名客に対する売掛金の回収に努力すべきものであり、もしホステスが退店した場合にまで店が独自にそのホステスの指名客に対する売掛金を回収しなければならないとすれば、店の経営者の負担と危険とは計り知れないものとなる。このような事情のもとに締結された本件連帯保証契約は、合理的なものであつて、公序良俗に反するものではない。

二、反訴関係

1  請求原因

被告渡辺は、前記のとおり原告に雇傭されたものであるところ、その勤務期間中の賃金は一日当り金九五〇〇円の約束であつた。そして、同被告は、右勤務期間中である昭和四八年六月一五日から同月二九日までの間において一二日間実際に稼働した。

よつて、被告渡辺は、原告に対し、右一二日間の賃金合計金一一万四〇〇〇円及びこれに対する本件反訴状の送達により原告にその支払の請求をした日の翌日である昭和四九年二月七日から支払いずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うよう請求する。

2  請求原因に対する答弁

請求原因事実は認める。但し、原告は、被告渡辺の主張する賃金額から所得税の源泉徴収金八〇〇〇円、旅行積立金一〇〇〇円及び昭和四八年五月二日の同被告の指名客訴外福田某に対する飲食代金四万九三八〇円を控除することができるから、その残金についてのみ支払義務を負担するにすぎない。

第三  証拠関係<略>

理由

第一本訴について

一本訴の請求原因(一)・(二)記載の事実は、当事者間に争いがない。

二そこで、被告らの抗弁について判断する。

当事者間に争いのない請求原因(一)記載の事実によれば、本件連帯保証契約の主たる債務者は、単に被告渡辺の指名客となつているにすぎないのであるから、これだけでは主たる債務者となるべき者はほとんど制限がないのに等しく、しかもその債務の金額については全く制限が付されていない。のみならず、被告渡辺としては、指名客の遊興飲食の接待をする限度で主たる債務の発生に関与するにすぎないのであるから、主たる債務の発生及びその金額は、同被告の意思とはあまり関係がなく、むしろ債権者たる原告や主たる債務者となるべき指名客の意思や都合によつて決定されることになるのである。このように、連帯保証人が実質的に関与する機会がないうちに、債権者及び主たる債務者の意思と都合によつて保証額が際限なく高額になりうる連帯保証契約は、債権者及び主たる債務者には過大な利益を与える反面、連帯保証人には不当に過酷な負担を強いることになるものであるから、特別の事情のない限り、それ自体公序良俗に反するものであつて無効と解するのが相当である。

この点について、原告は、本件連帯保証契約には合理性があると主張するけれども、その主張のように、ホステスである被告渡辺が単なる客の接待係というだけではなく、店の設備を利用することにより店の経営者である原告と対等な一個の経営者として指名客に飲食遊興せしめるというような立場にあることを認めるに足りる証拠はない。むしろ、店の経営者である原告が、ホステスたる被告渡辺に指名客に対する飲食代金の回収の責任を負わせることにより、原告自らはその回収の負担と危険とを避けうるというところに、本件連帯保証契約締結の実質的な理由があるものと推測せざるをえない。そして、被告渡辺の指名客といえども店の経営者である原告の客であり、指名客が増加すればそれだけ原告の利益も増加するものであることを考えると、この飲食代金の回収の負担と危険は本来原告自身が負うべきものであるから、原告主張のような理由が本件連帯保証契約を合理化する理由となりえないものであることは明らかである。

のみならず、当事者間に争いのない前記事実と、<証拠>によれば、本件連帯保証契約は、原告と被告渡辺との雇傭契約の締結に際し、それに付随してなされたものであつて、被告渡辺と原告とが対等な立場において締結したものではないこと、被告渡辺が連帯保証債務を履行しないときは、原告は同被告に支払うべき賃金額から指名客の飲食代金相当額を相殺し、控除することができることになつていること、さらに同被告が退店する場合には、三日以内に右代金の全額を支払わなければならず、これについても同様に賃金額と相殺しうることが併せて約束されていることを認めることができるのであつて、これらの事実からすれば、本件連帯保証契約は、経営者である原告が被告渡辺に対して有する優越的な立場を利用して、賃金との相殺により労せずして客の飲食代金の回収を図ることを目的とするものであるとともに、被告渡辺の退店の自由をも事実上制約することになりかねないものであると評せざるをえず、その目的および結果の不当性は著しいものであるといわなければならない。そうすると、本件連帯保証契約は、公序良俗に反するものであつて無効なものというべく、この契約を原因とする原告の被告渡辺に対する本訴請求及びこの契約が有効であることを前提とする原告の被告石川直に対する本訴請求は、いずれも理由がないというべきである。

第二反訴について

一反訴の請求原因事実は、当事者間に争いがなく、その事実によれば、原告は、被告渡辺に対し、昭和四八年六月一五日から同月二九日までの間における実働日数一二日間の賃金合計金一一万四〇〇〇円及びこれに対する本件反訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四九年二月七日から支払いずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるというべきである。

二なお、原告は、右賃金額から所得税の源泉徴収額、旅行積立金額及び訴外福田某に対する飲食代金額を控除した残金の支払義務を負うにすぎないと主張する。しかし、所得税の源泉徴収については、原告が現実に賃金を支払う際にこれを控除すべき法律上の義務を国に対して負うものにすぎないから、これは本件口頭弁論終結時現在における原告の被告渡辺に対する約定賃金の支払義務自体に影響を及ぼす性質のものではないし、また、旅行積立金については、労働基準法第二四条第一項所定の要件の主張、立証がないうえ、これも現実に賃金を支払う際にはじめて控除することをうるものであつて、本件口頭弁論終結時現在における原告の賃金支払義務自体に影響を及ぼすものではない。さらに、訴外福田に対する飲食代金については、これを控除しうる理由となるべき事実の主張、立証がない。したがつて、原告の右主張はいずれも失当であるといわざるをえない。

第三結論

以上の次第で、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、被告渡辺の反訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(奥村長生 加藤英継 豊永多門)

<債権目録省略>

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